3回目。やっぱり読みにくいかねえ。。。
まあ結局は「ややこしいておもろいでぇへえ〜」
っていうことですけどね。そんな感じを念頭にお読み下さいまし。
前回までのあらすじ
(第1回)http://sokushaku.seesaa.net/article/1820021.html
(第2回)http://sokushaku.seesaa.net/article/1835863.html
「導入+特徴その1+特徴その2」
<導入>
「ブレイクコア」と呼称のついた生まれて間もないクラブミュージックのカテゴリーは、他のそれに伺えるような唯一の特徴や明確なシステムが存在しない。耳からの導入で端的にカテゴライズできる表象は持ちあわせていないのだ。逆にいえば、未だ完成されていないカテゴリーであるとも言い換えれるであろうし、この先も更なる変化が期待できるカテゴリーであるとも言い換えれる。そういう意味でも、現時点では「概念」ではなく「状況」を示すことばであり、ユーザー各々が変動する解釈を持つことのできることばである。音楽というフィールドにおいて過去に類を見ないこの「動き」を、我々は単純に「新しい」ものとして捉えている。このように、単なる音楽のカテゴリーであると共に、次なるもの次なるものをより高いレベルで要求し続けるオルタナティヴな「動き」として存在している相対的状況が「ブレイクコア」なのである。
<特徴の断片>
_ソフトウェアを主体としたタイムラインの形成次回特徴その3。
特徴として「ブレイクコア」として取り扱われる楽曲の多くは、ソフトウェアを主体として制作されたものが比較的多く、作家はマシンあるいはソフトウェアとの接触と実験の繰り返しの中で表出してきた音を素材としてタイムラインを形成していく。さらにいえば、ソフトウェアにある程度預けて生み出された様々に散在する素材群の整理整頓を「デザイン」として、これに作家が関わっているという印象である。現在のクラブミュージックにおいて、もはや本来の意味での「オリジナル」という概念の存在しない。既存する楽曲の一部分を取り込む「サンプリング」であったり、身勝手に組み替えて遊んでみる「リミックス」であったりと、音源そのものにしても構造にしても、良い意味でも悪い意味でも「参照」を前提にしたカテゴリーである。「ブレイクコア」においては、そこからさらに、音楽の方程式の解体と再構築を通して、下世話な意味における、より「いびつ」なモノを、より「目立つ」モノをという意識を持った、「融合」というよりは「組み合わせ」のカテゴリーであるとも言えるであろう。そのためには、著作権の無視や名指しの攻撃など、何事にも恐れることなく手段をも選ばない。安定してしまった、破綻してしまった音楽業界への警告の意味も込めて、現状に常に疑念を抱き、作品を通してそれらを送信し続ける。
_作品の最終形態をアナログ(LP)に帰還しようとする傾向
「ブレイクコア」の作家の多くは、自分の楽曲をインターネット上で無料で配信している。一見、音楽業界の商品流通とかけ離れた行為に見えるのであるが、これは需要と供給における当たり前の行為であるのではないか。例えば、家電製品で考えてみると、購入までの動作として、カタログに目を通したり価格を調査したりと、製品の周辺を深く考慮する。同様にして、日本において音楽CD等を購入することに置き換えると、我々は全てを明かされていない状態のまま、充分に吟味できないまま、なかば強制的に「買わされている」と考えられないであろうか。そう考えれば、あらかじめ視聴し、吟味してから購入するという行為は、ユーザーとして当たり前に出来なければならないことである。このような意味も含めて、あらかじめ考慮できる状態を用意した上で最終的に購買に持っていく「ブレイクコア」のやり方には、「より良いものが購入してもらえる」という潔い当たり前の考え方が伺える。さらに、全体的にアナログレコードを最終形態として選択することで、自らの作品群を、より「モノ」として、より本能的な「音楽」として取り扱わせているのではないかと考える。このように「メディア」における「情報」と「モノ」の両方をうまく利用してひとつのシーンを形成しているわけであるが、やはりユーザーが無料で配信されている楽曲のダウンロードにとどまり、購入に至らないという状況も一部に生まれてしまい、理想通りの完全な機能には至っていないというのも実際のところである。
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