少し修正しました。軽く4000字くらいあるので
気分のいい時に読んでみて下さい。
ウェブで長文は好まれませんからね。
よろしければレスポンスもよろしくお願いします。
<BREAKCORE言語化運動><まとめ>部分、未完成。
「ブレイクコア」と呼称のつけられた、生まれて間もないクラブミュージックのカテゴリーは、他のそれとは明快に異なる、唯一の特徴や明確なシステムが存在しない。耳からの導入で端的にカテゴライズできる表象は持ちあわせていないのだ。逆にいえば、未だ完成されていないカテゴリーであるとも言い換えられるであろうし、この先も更なる変化が期待できるカテゴリーであるとも言える。その意味では「ブレイクコア」は、現時点においては「概念」ではなく「状況」を示す言葉であり、ユーザー各々が変動する解釈を持つことのできる言葉である。音楽というフィールドにおいて過去に類を見ないこの「動き」を、我々「ブレイクコア」ユーザーは単純に「新しい」ものとして捉えている。単なる音楽のカテゴリーであると共に、次なるもの次なるものと、より高いレベルで要求し続けるオルタナティヴな「動き」として存在している相対的状況が「ブレイクコア」なのである。
<特徴の断片>
_ソフトウェアを主体としたタイムラインの形成
特徴として「ブレイクコア」として取り扱われる楽曲は、ソフトウェアを主体として制作されたものが比較的多く、作家はマシンあるいはソフトウェアとの接触と実験の繰り返しの中で表出してきた音を、素材としてタイムラインを形成していく。さらにいえば、マシンやソフトウェアにある程度預けて生み出された、様々に散在する素材群の整理整頓を「デザイン」とし、これに作家が関わっているという印象である。現在のクラブミュージックにおいて、もはや本来の意味での「オリジナル」という概念は存在しない。既存楽曲の一部分を取り込む「サンプリング」であったり、身勝手に組み替えて遊んでみる「リミックス」であったりと、音源そのものにしても構造にしても、良い意味でも悪い意味でも「参照」を前提にしたカテゴリーである。「ブレイクコア」においては、そこからさらに、音楽の方程式の解体と再構築を通して、下世話な意味における、より「いびつ」なものを、より「目立つ」ものを、という意識を持った、「融合」というよりは「組み合わせ」のカテゴリーであるとも言えるであろう。 非常に細密なカットアップ、極度に歪んだエフェクト、劇的なまでに抑揚がつけられたリズムやテンポなど、ある種の「手遊び」に思われるこれらの楽曲構成には、明らかに、作家自身も含めた、鑑賞者になりうる者にとっての、「聞き慣れない」あるいは「聞いたことのない」楽曲への、実験にも似た創意工夫がなされたアプローチと、これを具体化に向かわせようとする強い欲求がある。そのためには、著作権の無視や名指しの攻撃など、何事にも恐れることなく手段をも選ばない。安定してしまった、破綻してしまった音楽業界への警告の意味も込めて、現状に常に疑念を抱き、作品を通してそれらを送信し続けるのである。
_作品の最終形態をアナログ(LP)に帰還しようとする傾向
「ブレイクコア」の作家の多くは、自分の楽曲をインターネット上で無料で配信している。もちろん全てが全て配信されているわけではないが、かなりの数を確認することができる。一見、音楽業界の商品流通とかけ離れた行為に見えるのであるが、これは需要と供給における当たり前の行為であるのではないか。例えば、家電製品で考えてみると、購入までの動作として、カタログに目を通したり価格を調査したりと、製品の周辺を深く考慮する。同様にして、日本において音楽CD等を購入することに置き換えると、我々は全てを明かされていない状態のまま、充分に吟味できないまま、なかば強制的に「買わされている」と考えられないであろうか。そう考えれば、あらかじめ視聴し、吟味してから購入するという行為は、ユーザーとして当たり前にできなければならないことである。このような意味も含めて、あらかじめ考慮できる状態を用意した上で最終的に購買に持っていく「ブレイクコア」のやり方には、「より良いものが購入してもらえる」という潔く、当たり前の考え方が伺える。さらに、全体的にアナログレコードを最終形態として選択することで、自らの作品群を、より(目の前に存在する、かさばる)「モノ」として、より本能的に享受できる「音楽」(表現手段としてだけではない、思想や意識を共有するメディウム)として取り扱わせているのではないかと考える。このように「メディア」における「情報」と「モノ」の両方をうまく利用してひとつのシーンを形成しているわけであるが、やはりユーザーが無料で配信されている楽曲のダウンロードにとどまり、購入に至らないという状況も一部に生まれてしまい、理想通りの完全な機能(「情報」と「モノ」の共存と、それへのユーザーの理解)には至っていないというのも実際のところである。さらに先にも記したように、(全てではないが)もともとの楽曲が一連の時間軸が細かく切断され、大きな歪みを持つ音色による構成であるから、インターネット上で配信されている楽曲をダウンロードする際に、もしそのファイルが破損(音飛び、音質劣化など)していたとしても、楽曲全体を通しての方向性が大きく崩れることはない。従って、「情報」として扱った際に問題になる、破損や欠陥にもゆるがないという意味においても、新しい「音楽」であると言えるだろう。
_様々な立場の作家/音が、それぞれ別の視点から客観的な大枠へ到達してきたと言う状況
そもそもこの「ブレイクコア」という言葉自体、作家ないし当事者自身が掲げた言葉というわけではなく、様々な国や立場など、それぞれ別の視点から、客観的な大枠へ到達してきたという状況の「共通呼称」として発生している。要するに、ユーザー側が「同じ匂い」のする音を、作家の意志とは無関係にひとくくりにし、より自分達に近いところで「ブレイクコア」と呼び合って楽しんでいるのである。結果的に、カテゴリー単位での派生元を検索することはできず、そこに属する「作家性」は作家それぞれの「ルーツ(作家それぞれが今までに鑑賞してきた作品や、それを鑑賞する、時代を含めた環境や状況)」によって認められている。「君の好きな食べ物は?」と聞きあうように、ユーザーは作品を通してその作家の「ルーツ」を思い浮かべ、これらを含めた楽曲全体を楽しんでいるのである。このようにして発生した「ブレイクコア」は、現時点で明確な、瞬時的な理解を得るに至らないカテゴリーであるかもしれない。積極的に「参加」しなければ享受しがたいカテゴリーであるかもしれない。しかし逆を言えば、享受しやすく内容を伴わない(実験性や攻撃性などが失われた)楽曲がはびこる、現代の破綻したとも言える音楽事情において、今までには無い形で、この破綻以前に見られた、より「音楽」を「音楽」として楽しむシステムがそこには存在しているように思う。
前回までのあらすじ
(第1回)http://sokushaku.seesaa.net/article/1820021.html
(第2回)http://sokushaku.seesaa.net/article/1835863.html
(第3回)http://sokushaku.seesaa.net/article/1852434.html
(第4回)http://sokushaku.seesaa.net/article/1864598.html
(第5回)http://sokushaku.seesaa.net/article/1886186.
